【総論】
 プレゼントに関しては、恐らくは男性と女性の感覚が全く違うのではないでしょうか。男性はプレゼントと言えば、値段の張る大きなものをいイメージすると思いますし、女性は値段など問題ではなく、小さなものでも心のこもったものをイメージするでしょう。そして、女性にとってはプレゼントは男性の自分に対する気持ちを確認するための目安でもあるようです。

【男性の皆さんへ】
 プレゼントで一番最初に頭に浮かぶのはやはり宝石類でしょうか。宝石にはそれこそピンからキリまであって、高いものを買おうと思ったら値段の桁を一つあげなければなりません。私の場合はCZはあまり好まないので、たとえメレダイヤであったとしても天然石を探します。よく探せば手頃な値段のものはたくさんあるもので、多くの種類を日替わりで楽しむことができるピアスなら、1万円も出せばかなりいいものが買えるでしょう。また、リングなら3万円前後もするものならかなり立派です。毎年、誕生日や結婚記念日やクリスマスや聖バレンタインデーにプレゼントするのであれば、あまり奮発してしまうと次の年に続きませんから、リングなら2万円以下のものの方がいいかも知れません。あなたが一生懸命に選んだものであれば、それだけで女性のとっては価値のあるものです。
 よく私たち男性は、「誕生日なんか毎年来るんだから、その度にプレゼントを買っていたのではたまらない」などと乱暴な考え方をしがちですが、女性にとっては毎年のプレゼントがどれほど大きな意味を持つものなのかをしっかり認識しなければいけません。男性の価値観を無理矢理女性に押しつけるのはちょっとかわいそうだからです。ポケットマネーがないときなら、「今年はこれで精一杯なんだ」と言いながら、バラの花を数本手渡すだけでもいいではありませんか。もしかしたら、高価なリングやバッグなどよりも、気持ちのこもったバラの数本の方が嬉しいかも知れません。

【女性の皆さんへ】
 男というのは、あまりプレゼントに頓着しないものです。私自身のことを振り返っても、誕生日にプレゼントを期待したことなどまずなかったと思います。プレゼントのような形ある物が、必ずしもそれと同等の純粋な感情を表している物なのかどうか疑わしく思っているのかも知れませんね。ところが、思いやりのこもった小さなプレゼントをタイミング良くもらったときに、男でも物をもらうことの意味を強く感じることもありますね。年齢を重ね、女性の気持ちを少しずつ理解できるようになると、自分が馬鹿にしていた誕生プレゼントにも気を遣うようになるものです。
 でも、男性が自分の誕生日に何も贈り物をしてくれなかったとしても、それだけで相手の男性に自分に対する愛情が欠落していると結論を出すのは早いでしょう。器用な男性なら、タイミングを逸しずに気の利いたプレゼントをしてくれるかも知れませんが、そこにはいろいろな計算が働いているかも知れません。逆に、実直で不器用な人はプレゼントなどは考えないかも知れませんが、あなたに対する思いは正直で計算のないものでしょう。
 また、お金持ちの男性ならいざ知らず、普通のビジネスマンであったら、たまたまあなたが記念にしている日にお小遣いが底をついている可能性もありますね。その日のために積み立てをするような細かなことはまさかしていないでしょう。そういうときには、プレゼントが遅れてしまっても、少しも気にしないでずっと待っていてあげられる我慢強さも必要です。ときには、その年のプレゼントはあきらめてもいいかも知れません。あまりどん欲になると、男性側が興ざめしてしまう危険性もあるからです。

《エピソード》
 ある年の私は、お小遣いを使い果たしてしまって、相手の誕生日に何の贈り物も買って上げられませんでした。ところが、その女性は特にプレゼントには敏感な質で、私からのプレゼントが来ないのは、私がその日を忘れていて愛情が薄れたのだと判断したようでした。私もバラの花数本でも買えば良かったのに、見栄坊だったからかやはりきちんとしたものを上げたかったのです。完全に気持ちのすれ違いでした。
 でも、後で「どんなに安い物でも良かったのに」と言われたときには、素直に申し訳ないと思う反面、プレゼントをもらわなければ愛情が確認できないかのような彼女の発言に、熱が冷める思いをしました。自分がプレゼントをもらうことだけしか考えず、男性がどんな経済状態にあるのかも想像できないような女と、なぜ自分は一緒にいるのかと、馬鹿馬鹿しくなったのです。
 結局その女性とは別れることになりました。でも、今思えば私自身も男として余裕がなさ過ぎたのではないかと反省しています。ですから今の妻には、毎年「結婚記念日」「誕生日」「クリスマス」には必ず何かプレゼントをするようにしています。その日に予算がなくならないような配慮もするようになりました。でも、良くできたもので、私がそういう気持ちになったときに目の前にいる女性、すなわち今の妻は、私がプレゼントを買い損なっても決して文句を言うような女性ではありません。何もなくてもいいと言ってくれます。そこまで言われると却って、どんなことをしても必ずプレゼントを買って上げたいと思ってしまうのが男です。不思議なものですね、人間の感情と言うのは。

【総論】
 このタイトルは、私の年代の人ならよく知っている"Chicago"というバンドの"Hard to say I'm sorry"という歌の歌詞の一部です。実際の部分は、"Even lovers need a holiday, far away from each other."(恋人同士にも休暇が必要さ、お互いに遠く離れている休暇が)となっています。果たして本当にそうなのかどうか。

【男性の皆さんへ】
 一般的に言って、女性よりも男性の方が独占欲が強いかも知れませんね。自分のパートナーがちょっとでも別の男性に気を惹かれているような素振りを見せると、一気に不安になってしまって、ついつい相手を束縛するような言動に出てしまいます。女性は、「束縛されたい」という願望と、「必要以上には束縛されたくない」という願望の相矛盾する二つの願望を本能的に持っているようです。もちろん、その割合は人によってまちまちでしょうが、束縛も度を過ぎると逆効果になることを覚えておかないといけません。
 私が教員だった頃、若い先生はたいてい最初の数年は女の子の扱いに苦労します。気を遣いすぎてしまうのです。ところが、結婚してある程度の年齢になると、女の子を適当に突き放すことができるようになります。不思議なもので、女の子たちは腫れ物に触るような扱いを受けているときにはあからさまに反抗的に振る舞っている癖に、いざ突き放されると今度は一気に不安になって先生にべたべたしてくるのです。これが女性の心理なのかも知れません。自分の好きな相手が喩え自由な行動を求めたとしても、じっと我慢して平静を装ってあげることが、ときには必要なこともあるということです。もちろん、あまりに無関心になりすぎてもいけません。その辺の兼ね合いが難しいわけですね。

【女性の皆さんへ】
 上に書いたように、女性に皆さんには「男性に束縛されたい」という思いと「あまり強く束縛されすぎたくはない」という思いの両方がありますね。でもね、自分の気分次第で男性を振り回していると、いつか本当に見放されてしまうことになるかも知れません。束縛されすぎることは確かに息苦しいことかも知れませんが、束縛されないというのも寂しいもので、ときには相手の男性は別の複数の女性と遊んでいるかも知れません。何人も付き合っている女性がいれば、相手を束縛する必要などなくなりますからね。
 確かに男性にいろいろと要求する女性の気持ちはわからなくはありませんが、冷静になってよく考えて見ると、それはあなたたちの単なるわがままであることも多いのではないでしょうか。わがままを聞いてくれる男性が「心が広い」と考えるのは単純すぎます。あなたにそれほど執着がないのかも知れません。
 たまには相手の男性と距離を置いてみることも必要でしょう。そうすれば、その男性があなたにとってどれほど重要な存在なのか認識することができるはずです。自分にとって大切な男性だと気がついたなら、もう不必要に相手を振り回すのはやめましょう。小さなわがままは男性にとっては女性のかわいさと思えるものですが、度が過ぎると愛想が尽きるということにもなりかねません。

《エピソード》
 私の会話学校の生徒さんの何人かは今年海外に旅立ちます。女性の場合にはたいてい付き合っていた男性を、あるいはご主人を国内に残しての留学になります。私は、留学の相談を受けたときにとても心配しました。相手の男性は大丈夫なのかと。でも、最後には別の考え方をするようになりました。まだ結婚していないのなら、しばらくお互いに距離をおくことも必要かも知れないと。もしお互いに縁があるのなら、帰国してからまた付き合いを始めることができるでしょうし、縁がなければそれまでです。もしかしたら、留学先でもっと縁のある外国人の男性と出会うかも知れません。
 また、ご主人が理解を示してくれて海外での「単身留学」を認めてくれた場合には、ご主人の優しさに心から感謝しなければなりませんね。普通なら絶対に許可してくれないでしょう。奥さんのことを心から愛しているからこそ、夢を叶えてあげたいと、自分の寂しさを必死で押さえたに違いありません。私ならとてもOKはできなかったのではないかと思います。
 お互いに離れてみることは、マンネリ化した男女の関係にはいいカンフル剤になるでしょう。お互いの存在を再認識することができるからです。そして、普段の自分のわがままな言動を反省することにもつながります。「そばにいてくれて当たり前」という感覚から抜け出すことが必要なのですね。
 

【総論】
 「嫁と姑の関係」というのは古くて新しい永遠の命題なのかも知れません。犬は自分のテリトリーを主張するためにおしっこを至る所にかけます。それはマーキングと呼ばれるオス独特の行為ですが、もしかしたら人間の場合には縄張り意識は女性の方が強いのかも知れません。

【男性の皆さんへ】
 仕事から疲れて帰ってきて、いきなり奥さんからお母さんとのいさかいの愚痴を聞く羽目になったら、本当に嫌になってしまいますよね。その気持ちとてもよくわかります。夫としては母親の味方をするわけにもいかないし、また妻の味方をするわけにもいかない。でも母親も奥さんもあなたには自分の味方になってもらいたいと願うわけです。
こんな究極の選択をよくも男性に押しつけるものだとあきれ果ててしまいますが、女性はその辺のことがよく理解できていないのでしょう。
 妻から自分の母親の悪口を言われるのは決して快いことではありませんし、また同じように母親から自分の妻の悪口を言われるのも快いことではありません。「
お願いだからうまくやってくれよ」これが全ての男性の共通の願いでしょう。
 ただ、中には「
冬彦さん」に近い状態の男性もいて、常に母親優先の男性もいるようです。それは自分自身が早く乳離れしなければなりませんね。そうでなければ、他人の家にやってきて同居するという、ただでさえ緊張した状況に置かれている奥さんの身の置き場がなくなってしまいます。
 一つアドバイスがあります。それは、もし奥さんがあなたのお母さんのひと言で傷ついているなと察したなら、どこかお母さんがいない場所で「年寄りだから許してやってな」と
奥さんの気苦労を労う言葉をかけてあげることです。お姑さんとのことで悩んでいる奥さんの心理にあなたが気づかないでいるとしたら、それはあなたが鈍感すぎると言われても仕方ないですよね。

【妻と呼ばれる立場の皆さんへ】
 ご主人は仕事から疲れて帰ってくるのはよく承知しているでしょう。それでも、姑さんの悪口を言う場所がないあなたは、ついついご主人にその愚痴の聞き役を求めてしまいます。でも、考えても見てください。ご主人はあなたのご両親の悪口をあなたに言いますか?もし、
あなたが自分の親の悪口をご主人の口から聞いたら、とても悲しいと思うのです。自分を精一杯育ててくれた一番の恩人の悪口は他人には絶対に言って欲しくはないでしょう。喩え、ご両親に非があったとしてもそれを指摘するのはあなた自身だけで十分だと思っているはずです。
 それなのに、あなたは自分のご主人にご主人の大切な親御さんの悪口を言うのですか?ご主人の悲しい気持ちがわかりますか?ご主人としてはあなたの味方をしてあげたい反面、自分の母親の悪口も言いたくはないものです。
どんな思いをして自分をここまで育ててくれたか、それをよく知っているのはあなたではなくてご主人本人だからです。
 仕事で疲れて帰ってくるご主人に、あなたはそれでも追い打ちをかけるのですか?それは酷というものでしょう。どんなにお姑さんに対する不満があっても、それを自分の中で上手に消化する努力をするのも妻としての大切な役目です。

【姑と呼ばれる立場の皆さんへ】
 あなたの息子さんがお嫁さんをもらうということは、息子さんはすでにあなたの手を離れたということなのです。まさか息子さんが死ぬまであなたが息子さんの面倒を見ていくつもりではありませんでしょう?お嫁さんは確実にあなたよりも若い世代です。あなたから見れば足りないところがたくさんあるでしょう。でもあなた自身も、あなたのお姑さんの世代から見れば足りないところだらけだったはずです。息子さんのお嫁さんは
あなたの実の娘だと思って暖かい目で見てあげなければなりません。
 そして、あなたが今までの人生で得てきた多くの知恵を、優しくゆっくりとお嫁さんに伝授してあげましょう。料理の仕方もそうですよ。あなたの味をお嫁さんに教えてあげてください。そして実際に台所をお嫁さんに預けてみるのです。台所は主婦にとっては聖域でしょう。だからこそ、その家の聖域に立ち入ることを許されたお嫁さんはどれほど嬉しいことか知れません。
その喜びを与えられるのはあなただけではありませんか。そして、あなたからそんな優しい扱いを受けたお嫁さんは、必ずその倍の量の優しさをあなたに返してくれることでしょう。
 お嫁さんに息子さんをとられてしまったような気持ちになっているとしたら、それはあなた自身がきちんと子離れができていない証拠です。子供は何歳になっても子供だという理屈はわかりますが、
次世代を担う若者たちを優しい目で見守るのがあなたたち、「姑」と呼ばれる世代の役目ではないでしょうか。

《エピソード》
 別れた妻はどちらかと言うと和風料理よりも洋風料理の方が得意でした。実家とはスープも冷めない距離に住んでいた私たちだったので、前妻はときどき作った料理を実家の父の元に運んでくれておりましたが、ある日前妻が言うのです。「私がせっかく作った料理をお父さんがそのまま捨てていたのよ」私はその言葉を聞いてがっかりしました。前妻は自分の料理に父の口を合わせようとしている自分の愚かさに気づいていなかったのです。なぜ父に好みを聞いて、実家の台所で料理をしなかったのか。もちろん私はそのことで前妻を責めることはありませんでしたが、私がどんなに嫌な思いをしても前妻の両親の悪口だけは言わないようにしていた努力が水泡に帰した気がしました。
 今の妻は、一生懸命私の母に気を遣ってくれています。でも気を遣いすぎて気疲れしてしまうこともあるようです。私にはそれがよくわかります。母は歯に衣着せぬタイプの女性ですから、妻にしてみれば心にぐさっとくるようなひと言もよくあるのでしょう。母の一番いけないところは妻にもっともっと自分の料理をするチャンスを与えてあげないことです。妻は私のために一生懸命自分の料理を作りたいと願っています。母にお願いしたいことがあるとすれば、それは自分の味を妻にていねいに伝授してあげて欲しいのです。そして妻に台所の主を任せてあげて欲しい。
 あるとき、夜遅くに小腹が減った私は妻に言いました。「ねえ、オムライスが食べたいんだけど」妻は喜んで私のために一生懸命オムライスを作ってくれました。ちょっとバターの味が濃かった気がしますが、立派な作品でした。おいしい、おいしいと言ってオムライスを食べる私を見て、妻がどれほど嬉しそうな表情を見せてくれたか想像に難くないでしょう。
私は妻のそう言う顔をもっと見たいのです。

【総論】
 「熟年離婚」というドラマが話題になりました。お互いに耐えられないほどの価値観の違いがあると主張する女性たち。でも、生まれも育ちも違う人間が同じ屋根の下で暮らすようになるのが「結婚」なのですから、価値観が違うのは当たり前。その違いをプラスに捉えるかマイナスに捉えるかの問題でしょう。「もう亭主の面倒を見るのはこりごり」と新しい「自由」を求めるというのは、我慢が足りないだけの話だと私には思えます。ただ「離婚」というのはどちらかが一方的に悪いという問題ではないでしょうから、普段からお互いの努力が必要だとも言えるでしょう。

【男性の皆さんへ】
 あなたは「俺が食わせてやっている」という意識で、「主婦」という立場を見下してはいませんか?仕事を理由に「亭主」としての義務を怠っているのだとしたら、いつか奥さんに愛想をつかされても文句は言えないでしょう。確かに経済的にはあなたが働いていることで家庭が支えられているかも知れません。でも、あなたが安心して働いていられるのは、奥さんがしっかり家庭を守ってくれているおかげでもあります。普通の常識的な男性ならそんなことは百も承知ですね。奥さんに感謝する気持ちがあれば、定年退職した瞬間に「熟年離婚」という唐突な要求をつきつけられることもないでしょう。
 結婚は「惰性」になってはいけないのだと思います。どんなに長い結婚生活であったとしても、そこにはお互いの努力が必要です。その努力を奥さんにだけ求めるのは不公平ですし、奥さんの寂しさや欲求不満を感じ取るのも男としての仕事だと思わなければいけないのではないでしょうか。「どうせ俺がいなければ生活などしていけるわけがないのだ」と高をくくっていてはいけません。基本的に動物の世界は男よりも女の方が生活力に長けているのですから。

【女性の皆さんへ】
 もし、あなたがどうしても繕いようのない違和感をご主人に対して抱いているのなら、ご主人の退職金の一部を分けてもらおうなどと虫のいいことを考えていないで、さっさと離婚してしまえばいいのです。不満を隠してご主人の定年退職まで共に同じ屋根の下で暮らしておきながら、さあ第二の人生を歩き始めようかというだんになって、「私はあなたとは別の人生を送っていきます」と宣言するのは、やり方としてはあまりフェアではないと思います。
 「子供がいるから我慢してきた」などと、自分の忍耐力のなさを子供のせいにするのはやめましょう。要するに、あなたは夫婦生活を維持していく努力を放棄したいだけなのです。長年寄り添ったご主人よりも、他の男性の方がはるかに魅力的に見えるかも知れません。でも、それは「隣の芝」でしかないのです。確かにご主人よりもあなたの価値観を理解してくれる男性が他にいるかも知れません。でも、それは生まれ変わってきたら考えればいいことではありませんか?少なくとも、あなたは若い頃にあなたの意志でご主人を選んだのです。「結婚」したからには、最後までお互いの努力を続けるべきだと私は思います。まあ一度離婚を経験している私の意見には説得力はないかも知れませんが。

《エピソード》
 私が最初の妻と離婚したのにはいろいろな理由があるのでしょうが、私はそれを正当化しようとは思いません。結局は二人に努力が足りなかったというだけの話です。確かにお互いに価値観の違いはありましたが、そんなことは大した問題ではなかったでしょう。恐らく二人の頭の中には「もっといい人生を共有できる相手がいるのではないか」という思いがあったかも知れません。私には私なりにいろいろな考えがありましたが、それは今更文字にしても仕方のないことですし、自己弁護が一番かっこ悪いのでやめておきましょう。
 今の妻との間にも価値観の違いは当然のことながらあります。でも、教員を辞めて経済的に苦しい思いをさせてしまっているのに、そのことについてひと言も私を責めるような発言をしたことがない妻には、心から感謝しています。私はそういう妻がいてくれるから新しい人生を開拓していく勇気を持つことができたのでしょうし、今でもあきらめずに絶えず挑戦を続けることができるのだと思っています。
 「お前はなんだかんだ言いながら自分の夢を追い続けていられるから、そんな悠長なことを言っていられるのだ」と批判されてしまうかも知れません。でも、夢は一人で追ってもちっとも面白くない。隣に妻がいてくれて、エールを送ってくれているから夢を追うことができるのだと私は考えています。そして、できれば私は妻の夢も一緒に叶えてあげたい。それが私の妻に対する恩返しだからです。
 私たち夫婦には「熟年離婚」という言葉は無縁のように思えますが、人生は何が起きるかわかりません。ただ、もしお互いに不満があるのなら、それはため込んでしまわないで、お互いに努力をして不断から少しずつ解決していくべきことですよね。本音を言うのも夫婦の義務のような気がします。

【親御さんへ】
 私たち夫婦には子供がいません。ですから、本当の意味での親の立場というのは正直言ってわからないと思いますが、親の立場からではなく第三者の立場だから見えることもあるでしょう。私は22年間以上の教師生活を経験しましたが、教師と生徒の関係も親子関係にどこか似ています。
私たちが精一杯生徒のために頑張っているかどうかは、生徒達の目には一目瞭然でわかってしまうのです。手抜きをすればそれなりの苦労が待っています。子供達から信頼されないということは、教師にとっては致命傷です。でも、教師と生徒の人間関係は、上っ面の言葉だけで築けるものではありません。ときには言いにくいことも指摘して、一時的に睨み合う関係になることもあるでしょう。でも、それを恐れて生徒に気に入られそうなおべっかばかりを並べていたら、もっと信頼関係は損なわれるのです。不思議なもので、「優しい先生が好きだ」と答える子供達にとって、本当に理想的な教師像は「悪いことをしたときにはきっぱりと叱ってくれて、後は不必要に威張ることのない優しい先生」ということになるようです。
 親子関係も同じではないでしょうか。例えば離婚してしまって子供に肩身の狭い思いをさせてしまっているのではないかという後ろめたさがありますと、親はついつい自分の子供に対して遠慮がちになってしまいます。でも、自分が子供の立場だったらどうか考えて見てください。遠慮されることは嬉しいことでしょうか。
本当の愛情に支えられた関係には「遠慮」などは存在しないのではありませんか?
 私たちが子供達に見せなければいけないのは、大人が一生懸命に頑張っている姿だと思うのです。そうすれば、子供達は必ず大人の誠意と愛情を理解してくれるでしょう。教師だった頃の私も、そういう意味で子供達から裏切られたことはありませんでした。その代わり、毎日がしんどい作業の連続のときもありました。それでも、その苦労は必ず子供達の成長によって報われるのです。

【子供たちへ】
 両親が揃っていようと、揃っていまいと、あなたたちはいずれは思春期の難しい年頃に突入します。自分は本当は親に感謝しているのに、素直に感謝の言葉が出ないのが思春期。でも、
「反抗期だから仕方ない」などという周囲の甘い言葉にいい気になってはいけません。世界を見てください。親の顔も知らずに一人で人生を切り開かなければならず、ストリート・チルドレンと呼ばれるすさんだ生活を強いられている子供たちもおりますし、また家族の生活を支えるために学校に行くこともできず、ゴミ捨て場から少しでも売り物になりそうな物品を拾い集めては小銭を稼いでいる子供たちもいます。そういう大変な子供たちに比べたら、日本の子供などは楽園で生活しているようなものなのです。「反抗期」というのは「親から自立しようとする時期」のことであって「親に悪態をつく時期」では決してないということを肝に銘じておきましょう。
 あなたたちもやがて大人になればわかることですが、社会は自分が思うようにうまくは回ってくれません。一生懸命働いていても、それが必ず報われるとは限りませんし、悪い人に騙されることもありますし、そういうやるせない社会で生きていこうとすれば、当然ストレスがたまります。ですから、自分の親が機嫌が悪いときがあったとしても、少しは甘い採点をしてあげてもいいときもあるでしょう。親はあなたたちのために疲れた体にむち打って働いています。そのことに感謝する気持ちを持てない人間は、大人になってから今度は自分が誰からも感謝されな人間になっていくことでしょう。頑張ろうね!

《エピソード》
 うちは貧しい農家でした。父の兄弟は大勢いたのですが、ほとんどは戦争で亡くなり、父は長男ではありませんでしたが、実家の稼業である農業を継がなければなりませんでした。本当は国鉄に勤めることが夢だった父ですが、尋常高等小学校を卒業してから中学校に進学することは経済的に許されなかったのです。母も、千葉県館山市の貧しい漁師の家に生まれました。中学校を卒業して高校進学は許されなかった母は、東京で働いているうちに私の祖母に気に入られて、18歳の若さで父の元に嫁いできたのです。慣れな農作業はどれだけ辛かったことでしょう。
 そんな両親は、私と弟には決して貧しい思いをさせたくないということで、毎日必死に働いてくれました。当時は牛肉などは滅多に手に入りませんでしたが、豚肉が手に入っても、そのステーキは私と弟の目の前に並ぶだけで、なぜか両親の前に置かれることはなかったのです。私たち兄弟も、親に甘えて反抗した時期もありましたが、両親の深い愛情には心の底から感謝していまし。二人とも進学を許されなかった両親に代わって日本一の進学校に入ろうと、必死で勉強して湘南高校に入りました。私たち兄弟にとってはそれが一番の親孝行だと思えたからです。
 そんな両親も、もうすっかり年老いてしまいました。弟は立派な建築家になって二人の子供をもうけています。私は学校の教師は辞めてしまいましたが、英会話学校の講師として、親からもらった才能を最大限に利用しながら、今もなお日本一の英語の教師を目指して頑張っています。
私たち兄弟にとって、「一生懸命働かないこと」は親の恩を裏切ることなのです。朝から晩まで畑仕事にいそしんでいた両親の姿を、私も弟も決して忘れることはありません。

【男性の皆さんへ】
 「お〜い、お茶」という宣伝が一昔前に流行ったのを覚えているでしょうか。こんな台詞が本当に現実に存在するのかどうかは知りませんが、テレビのドラマにあるように「おい、風呂」「おい、飯」などという紋切り型の体言止めの命令を奥さんにしていて平気な人がいたら、夫婦の寿命もそう長くはないかも知れません。「亭主関白」という言葉がいかにも男の甲斐性のように語られた時代もありましたが、
本当の意味で奥さんに尊敬される旦那さんというのは、表面上威張り散らしたりはしないのではないでしょうか。
 例えば、とても気の利く奥さんが、家に仕事を持ち帰って頑張っているあなたに、熱いお茶を入れてくれたとしましょう。あなたは「
悪いなあ、お前も疲れているだろうに。気を遣ってくれてどうもありがとう」などと心からの感謝の言葉を口にしていますか?そういう風に言われたら、どんな奥さんも「また今度お茶を入れてあげたい」を思うに違いありません。間違っても、「何だこのお茶は!薄くて飲めないぞ!」などとわめいたりしてはいけませんよ。大切なのは気持ちなのですから、もし薄いお茶が出てきたら自分でこっそりと濃いお茶に入れ替えればいいではありませんか。
 夫婦を長くしていると、「
ありがとう」という当たり前の言葉がなかなか素直に口から出なくなります。でも、親しき仲にも礼儀ありと言われるとおり、気持ちはきちんと言葉で表現しなければいけません。そんなこといちいち言ったら男がすたると考える人がいたらそれは大きな勘違い。男なら言うべきです。

【女性の皆さんへ】
 あなたはご主人が疲れて仕事から帰ってきたときに、いきなり「今日ね、隣の奥さんがね」などと自分の話を始めていませんか?もちろんお互いに話を聞き合うのはいいことですが、まずは疲れて帰宅したご主人には、「
いつもお疲れ様。おなかすいたでしょう?」などと優しい労いの言葉をかけるのが先です。「いや、晩飯なら同僚の○○君と一緒に食べてきたよ」と言われても、「せっかく作って用意していたのに」などとふくれっ面をしないで、「あら、そうなの。一応用意しておいたけど」とさりげなく笑顔で言えば、「それは悪いことをしたなあ。ごめんな無駄な用意をさせて。今度からは必ず電話を入れるよ」と、ご主人も心から詫びの言葉を言ってくれるかも知れません。
 「
売り言葉に買い言葉」という格言が日本語にはありますが、優しい言葉にも優しい言葉が返ってくるもので、そういうちょっとした気配りがお互いの愛情をいつまでも冷やさずに保ってくれるのです。
 「あなたのお給料がもっと上がりさえすればねえ、生活も楽になるんだけど」などと間違っても言ってはいけません。給料を決めているのは会社の人事課です。あなたのご主人は精一杯仕事をしてお金を稼いでくるのです。男のプライドをずたずたにするような台詞を平気で言えるあなたがいたとしたら、それは基本的に奥さん失格でしょう。景気が回復傾向にあるとは言え、民間企業の苦しさには変化はありません。

《エピソード》
 私は二つの英会話学校で時間講師をしていて、めいっぱい働いてもお給料は両方合わせて20万円をちょっと超える程度です。これでは家族を支えていくことは到底できません。それでも、母も妻も私の給料に対して愚痴をこぼしたことは一度もありません。私に言う言葉は「
無理しないでね」「気をつけてね」の二つだけです。ですから、私はもらったお給料からできるだけ多くを母や妻に渡すようにしています。私自身も借金がありますから、それを返済するお金もプールしなければなりません。あまりいいことではありませんが、パチンコ屋さんに行って大きく稼いできたときなどは、必ず母と妻に分けてしまいます。経済的にはきっと大きな苦労をしているはずなのに、そんなことはお首にも出さない二人には本当に心から感謝しているのです。私にできることは、少しでも高い資格を取って、自分を高く買ってくれる会話学校なり私立学校を探すことです。この年齢で、正社員としての就職は難しいかも知れませんが、誰も持っていないような高度な資格をとれば、周囲も黙ってはいないでしょう。この世の中は実力勝負。資格を取るためなら、どんな努力でも惜しみません。私はいつも心の中で言っています「苦労をかけてごめんね」と。

【総論】
 「ジェンダーフリー」という言葉がもてはやされています。昔アメリカで始まった「ウーマン・リブ」運動の流れを汲むものと考えていいでしょうか。男女の「不必要な性差を撤廃する」というのが正確な意味だと私は理解しています。なぜなら、男女には根本的に性差があり、それはどうにもしようがないものだからです。例えば、女性に50キロの荷物を一人で運べというのは酷ですね。もちろん、力持ちの女性は別ですが一般的に女性より男性の方が力持ちです。全てに於いて男女差をなくせと主張すれば、不利になるのは女性でしょう。男性が困るのは「赤ん坊を生んでみろ」と言われたときだけです。
 結論として、ジェンダーフリーが叫ばれる時代にあっても、根本的な男女差は尊重するべきだということです。敢えて男性・女性の区別をしなくてもいいところでは、不必要に性差を全面に出すべきではないでしょう。それを踏まえて話を進めたいと思います。

【男性の皆さんへ】
 今どきそんな極端な人は滅多にいないとは思いますが、「家事は女の仕事だ」と心から信じ込んでいる人はいないでしょうか。昔から日本社会で言い尽くされてきたその言葉の背景には、「家事は軽い仕事であり、働く力のない女性でもできること」という家事に対する誤解があります。嘘だと思ったら、風呂場の掃除をしてみましょう。どれだけ腰に負担がくるかやってみればすぐにわかるはず。それを毎日繰り返すことはそんなに簡単なことですか?皿洗いにしても食事作りにしても、同じ作業を毎日こなすことほど、精神的にストレスがたまるものはありません。もちろん、家事が大好きな女性であれば全く問題はないと思います。つまり、大切なのは男だから女だからという理由で仕事の分担を決めるのではなく、二人でよく話し合ってお互いに助け合える範囲内で仕事を分担すればいいのだと思うのです。
 「台所仕事など女々しくてできるか!」と信じている男性がいたとしたら時代錯誤も甚だしい。世の中のコックさんのほぼ90%以上は男性ですよ。逆に言えば、料理の一つもできずになにが男かという言い方もできるのです。生活力のたくましい男性であれば、どんな家事もこなせるはず。それができないとしたら、それは今までに母親にお世話になりっぱなしだった「冬彦さん」的な自分がいるということです。
 古い考え方かも知れませんが、相手をいたわる優しさが男性の基本だと私は思いますし、イギリスでも優しさは男の基本だと言われてきました。だから男性は"gentleman"(優しい人)と呼ばれるのです。

【女性の皆さんへ】
 「女性にばかり家事を押しつけるな!」と叫びたい気持ちはよくわかります。家事は男性も女性もお互いに協力しながらこなすものだと思います。でも、家事に不満を言う女性は、もしかしたら他の仕事を与えられても簡単に不満を言うタイプなのではありませんか?外国では「主婦」ならぬ「主夫」が市民権を得てきました。もしあなたが家計を支える仕事を任されたら、それがあなたの望みですか?家計を支えるためのお金を稼ぐと言うことがどれだけのプレッシャーか理解していますか?どんな仕事を言いつけられても、決して不満を言うことは許されないのが仕事の世界です。仕事のえり好みをすれば、きっと次の仕事は回ってこないでしょう。そして、「当てにならない」と評価されれば、いつの日かリストラの憂き目を見るのです。
 社交的ではない人が、営業のノルマをこなすことほど辛いことはないでしょう。世の中には「押しが強い人」と「押しが弱い人」が存在するのです。どちらも決してマイナス要素ではありません。人にはそれぞれ適性というものがありますが、一般社会ではその適性が必ずしも重視されてはいないのです。社員はあくまでも会社という名前の大きな組織を構成する歯車の一つに過ぎません。歯車である限り、自分の居場所を自分で希望することは叶わないのです。
 多くの場合は男性がそういうストレスと闘ってきました。「外で憂さが晴らせるのだからかえって羨ましい」などと軽口をたたいてはいけません。確かにそれも真実ではありますが、それ以上の重荷を背負うことが家計を支えるということなのです。

《エピソード》
 我が家では家事の分担はしていませんが、私の妻は「家事は女がやるもの」という古い考え方をしているので、放っておくと無理をしても全ての家事を自分でこなそうと頑張りすぎてしまいます。見ているとあまりにはらはらしてしまうので、私も皿洗いをしたり掃除をしたりしています。学生時代にアパートの一人暮らしを経験した私にとっては、掃除・洗濯・炊事などは当たり前の生活の一部でした。料理もできますよ。得意なフランス料理もあります。最近ではオニオン・グラタンスープの腕を上げました。料理はとても楽しいです。でも毎日「やらなければならないこと」になったら、そうそう楽しいなどとは言っていられなくなるはずです。我が家では「誰があれをしてくれない、これをしてくれない」という言い争いは存在しません。みんな自分にできることは何でもやるからです。「気づいたら動く」という法則が徹底しています。疲れていそうだと思えば、「ちょっとソファーに転がっていれば」と自然に声がかかります。
 ただ、私自身は基本的に男だから女だからという判断基準はもっていませんが、自分自身は男らしくたくましい人間でありたいと昔ながらに考えています。お金がなくなってきたからといってすぐに妻や母にお金を貸してくれるように頼むなどということは絶対にしません。自分で何とかするのです。どんなことをしてでも、家計を守るのが自分の仕事だと考えます。それが正しいと言っているのではありません。少なくとも自分はそうありたいと考えているだけです。でも、家事は女の仕事だなどと決して思ったことはありません。私の母は、子供の頃の私に「男が台所をうろちょろするものではない」と教育しました。でも、皮肉なことにそういう教育を受けた私は、台所をうろちょろする男性に成長してしまいました。女性だけが苦労を背負い込むのは不公平だと思うからです。さあ、あなたはどう考えますか?そしてどんな仕事分担をしていますか?

【男性の皆さんへ】
 あなたは仕事から帰宅して、すぐに会社の愚痴を奥さんにこぼしっぱなしになることはありませんか?確かに、仕事のストレスをため込むのはいいことではありませんが、毎日のようにあなたの愚痴を聞かされる奥さんの立場に立ってみると、ちょっとかわいそうな気もします。なぜなら、例えば専業主婦の場合であっても、あたなに聞いてもらいたい話がたくさんあるはずだからです。あなたが仕事のストレスで参っている姿を見たら、もしかしたら思いやりの深い奥さんだったら、自分の話を切り出すのをためらってしまうかも知れません。そういう一方的な関係はあまり良くないでしょう。
 どんなに疲れていても、たまには奥さんに「今日はどうだった?」とか、奥さんもパートタイムで働いていたりするのであれば、「仕事の方はどうだった?」などと誘い水をまいてあげるのも、男としてのあなたの大切な役目なのではないでしょうか。もしも、あなたが奥さんに一方的に愚痴を聞いてもらってそれでストレスの解消を試みているのだとしたら、それは一種の「マザーコンプレックス」で、奥さんに母親を求めている証拠かも知れませんよ。自分のことばかり話したがる奥さんには確かに閉口しますが、そういう奥さんの甘えを受け止める度量の大きさも男性としては必要なのではないでしょうか。

【女性の皆さんへ】
 あなたはよくご主人に「仕事の話を家にまで持ち込まないで」などと邪険なことを言っていませんか?かといって、ご主人が仕事の帰りに憂さ晴らしに仲間と飲みに行って、酔っぱらって遅い時間に帰宅すればするで文句を言ったりしてはいませんか?それではご主人は立場がありません。
 よく、ご主人が帰って来るなり、自分の聞いて欲しい話を一方的にまくしたてる奥さんがいますが、疲れて帰ってくるご主人が精神的に安らげる空間を作ってあげようという配慮はどこにあるのでしょう。たまにはご主人の愚痴に耳を傾けてあげることも必要でしょうし、そのときにはただ話を聞いてあげればいいのです。自分が意見を言ったり反論したりしたらお互いに疲れてしまうでしょう。人は他人に話を聞いてもらうだけで、精神的なストレスを半分以上解消できるようにできています。
 自分の話を全て我慢してご主人に尽くしなさいと言っているのではありません。お互いに話をしあったり、聞き合ったりするのが健全な夫婦関係ではないかと思うのです。「仕事の愚痴を女房にこぼすなんて、男らしくない」などと間違っても思ってはいけません。外で頼りがいのある男性を演じている人ほど、家に帰ってくれば奥さんに甘えたいと思っているはずです。外国映画のヒーローものに毒されてはいけませんね。人間はいつもいつも強い人格を演じていることはできないのです。

《エピソード》
 私の妻は自分から先に自分の仕事の話をしようとはしません。大抵の場合は私の仕事の話をにこにこして聞いてくれます。彼女もパートで働いていますから、職場ではいろいろな嫌な思いをしているでしょうし、私に聞いてもらいたい嬉しい話もあるでしょう。でも、私の場合は、妻がいつも控えめでいることがとてもいじらしく感じるので、自分の方から妻に仕事の様子を聞いたりします。やはり、私以上に人間関係などで嫌な思いもしているようです。男も女も、外に働きに出ればそれなりの人間関係のストレスを抱えて家に帰ってくるものです。そういう精神的な疲れを、お互いに癒しあえる関係でいられるのが一番理想的ですね。
 私の妻は、英語の講師としての私を尊重してくれていますから、私の自尊心をくすぐるような言い方をいろいろしてくれます。それが意図的なのか自然なのかはわかりませんが、とても聞き上手です。私は私で、安い時給の2倍以上の労働を責任感を持ってこなしている妻に敬意を払っています。私は専門職なので妻の2倍から3倍の時給をもらっていますが、話を聞く限りでは妻の苦労の方が私より2倍も3倍も大きいようです。そういう風に考えたら、自分の話ばかり一方的にする気にはならなくなりますね。

【男性の皆さんへ】
 男にとっては強がる女性ほどかわいくもあり、また扱いにくいものもありません。特にB型の女性は強がることが多いような気もしますが、血液型に関係なく女性は強がることが多いように思います。でも、私たち男はその強がりの裏にあるものを見抜かなければなりません。多くの場合、強がる女性は裏に繊細な弱さを潜ませていることが多いのです。上っ面だけで判断して邪険な扱いをすればそれで終わりになってしまいますが、優しくいたわろうとする気持ちがあれば、女性はその弱さを素直に見せてくれることもあります。男女を問わずお互いに強がって見せているうちは、まだまだ本音でつきあえない関係なのではないでしょうか。女性が安心して弱さを見せられる包容力のある男性になりたいものですね。覚えておかなければならないの、非常に弱々しく見える女性ほど岩のように頑固で動かない場合が多いと言うことです。これはテレビの女性タレントさんと見ていればよくわかること。粋がっているように見えるタレントほど内面が繊細で優しい人が多く、かわいこぶりっこをしているタレントほど食わせものだったりするようです。
 こんな言い方をしたら女性には叱られてしまうかも知れませんが、女性の強がりも甘えのうちだと考えられるようにならなければ、男稼業は務まりません。そして、そんな女性の扱いに手を焼いているうちは自分に包容力がないという証でもあるのです…私も含めての話ですが。

【女性の皆さんへ】
 これは男性の立場からの発言になりますが、強がりもほどほどにしなければいけないときがあると思います。時代は刻々と変化しています。15歳で元服した平安時代とは違って、今の時代は男が一人前になるのに長い長い時間がかかるようになったと専門家も指摘しています。それは、自分の亭主に失望した妻達が、自分の息子を理想的な男性に育てようとして面倒を見すぎることも原因していると言われています。
 つまり、今の時代の男はみんながみんな成熟しているとは言えないのです。ですから、あまり強がっていると、あなたの強がりを理解できずに去ってしまう男性も多いと言うことを知っておかなければなりません。まだまだ包容力がないのです。でも、これも覚えておいて欲しいのですが、時間はかかっても多くの男性がやがては成熟した男になっていくと言うことです。それには社会で十分にもまれる時間が必要です。ですから、「この人はダメだ」と即断しないで、長い目で相手を見ることも必要なときがあるのです。ただし、いつまでたっても向上しない男達もいることも忘れないでください。長い目で見ていても、結局は苦労ばかりさせられて終わるという悲劇もあり得るということです。男女の性差にかかわらず、相手の本質を見抜く目をしっかりと養っておかないと、幸せはつかめないことになりますね。

《エピソード》
 私が最初の結婚に終止符を打ちに市役所へ向かう日、事務室の私の母親的な存在だった職員が、もう一度よく考え直しなさいと私を引き留めました。それでも、私は彼女の忠告に耳を貸さずにそのまま市役所に行って離婚届を提出したのでした。
 私から見ると、当時の妻はもう離婚を決意して何をどうやっても気持ちを変える見込みはないように思われました。ちなみに彼女はB型でしたので、もしかしたらそれは強がりで、私の態度次第ではまだどうにかなる余地があったのかも知れません。
 でも、私はこれ以上どうにもならない関係なら、彼女に早く再スタートするチャンスが合った方がいいだろうと思ったのです。「いい格好をするな」「きれい事を言うな」と言われるかも知れませんが、それが私の本音です。現に、私は彼女が再婚するまでは自分の再婚は考えませんでした。彼女はすぐに再婚相手を見つけてくれましたが、私は再婚するのに10年以上かかっています。
 同じB型の女性の同僚から何度も言われました。「石山さんが引き留めてくれるのを待っているのよ」と。でも実際に何度も引き留めたのですが、妻の気持ちは揺るがないように見えたのです。ただ、私の押しが足りなかったのかも知れませんけれどね。
 私にとっては今の妻の方がはるかに相性がいいので、離婚を後悔する気持ちは露ほどもありませんが、今のO型の妻でさえ強がるときがあります。でも年齢を重ねた私の目には、その強がりが女性の愛らしさだと感じられるようになりました。やはり、私が未熟だったのですね。離婚は後悔していませんが、彼女を幸せにするという約束を果たせなかった責任は今でも強く感じています。今の私にできることは彼女の幸せな人生を祈ることだけですけれどね。

【男性の皆さんへ】
 不景気が長引く時代にあっては、生き生きと仕事に取り組むことは非常に難しいことですね。それでも、あなたは少しでも自分が向上するように頑張っているでしょうか。きっと、あなたを結婚相手として選んだときの奥さんは、生き生きと仕事に取り組み夢を追いかけているあなたに惹かれたのだと思います。ところが、社会の現実の厳しさの前に多くの人は夢を見失い、仕事への情熱も失せ、ただ決まり切った毎日を送るようになります。仕事が楽しくなければ、帰宅したときのあなたの表情も決して明るくはないでしょうし、そんなあなたを見ているのは奥さんにとっては辛いことでもあり、また少々残念なことでもあるでしょう。
 ところが厳しい社会にあっても、常に前向きに仕事に取り組み、自分を少しでも向上させようと頑張っている人たちもいます。彼らは「輝く男たち」です。いつ叶うとも知れない夢を、ただひたすら追いかけながら、それでも輝く笑顔で毎日を送っている男たちもいるのです。
 幕末の志士たちを思い出してみてください。日本の未来のために、みんな一生懸命戦っておりました。そして一瞬の輝きと共に短い一生を終えていったのです。当時活躍した人物のほとんどは30歳代の初めてこの世を去っています。そういう彼らに比べたら、私たちが背負っている苦労など取るに足らないではありませんか。命ある限り最善を尽くすのが男の生き方だと私は思っています。時間がかかってもいいではありませんか。自分の可能性を信じて常に前向きに頑張ることが、奥さんに対する最大の贈り物なのではないかと思います。

【女性の皆さんへ】
 今の時代は情けないことに子供の前で自分の亭主の悪口を言うような、無責任な女性が増えています。女性でも仕事を持っている人は大勢いますが、男性の場合仕事ができるかどうかの判断基準は非常に厳しいのです。常にプレッシャーの中で生きているご主人が、疲れ果てて帰宅するのは仕方のないこと。でも、いつまでもそんな理想とはかけ離れて見えるご主人のままでいると思ったらいけません。あなたが暖かく見守ることをやめさえしなければ、ご主人のさえない表情にもう一度輝きが戻る日が来るかも知れません。あなたがご主人を結婚相手に選んだときのことを思い出してみて下さい。ご主人はすっかり替わってしまったと思いますか?いえそうではないでしょう。現実のプレッシャーの中で自分の才能を信じられなくなっているのではないでしょうか。
 子供も大人も、自信をなくしたら前に進めなくなるのは一緒です。だとしたら、あなたが一生懸命応援してあげれば、あなたが惹かれたご主人の姿がまた蘇るかも知れません。「あなた頑張ってよ。しっかりしてよ」とプレッシャーをかけるのではなく、疲れて帰宅した夫に「ご苦労様」と優しい笑顔を見せてあげればそれでいいのだと思います。厳しい言い方をするようですが、そういう妻の優しいいたわりに甘えて前向きな姿勢をいつまでも取り戻さないようなご主人な、どこかで見限ってもいいかも知れません。でも、人間は実社会にあってはいつも理想的に輝いていられる存在ではないということも忘れないでくださいね。

《エピソード》
 私が最初の結婚に失敗した頃は、私自身教師として非常に未熟でした。前妻と知り合った頃の私は夢に向かって積極的に行動するたくましい先生だったはずですが、ちょうど結婚した年に荒れた学校に転勤して、一気に自身をなくしてしまったのです。前妻から見れば、何と頼りない男に見えたことでしょう。自分でもこんなことをしていてはいけないと思うのですが、出口の見えない暗く長いトンネルに入り込んでしまった気分でした。私の場合は、教師として熟練するのに非常に時間がかかった方でしょう。基本的には生徒思いの熱血先生でしたが、自分の理想を実現するための知恵に欠けていたのです。こんなわがままを言ったら別れた妻に叱られてしまうかも知れませんが、もう少し待ってくれていたら彼女が理想とする男性に少しでも近づけたのにと思ったこともありました。
 教員生活を長く続けるうちに、若い頃にはとてもできなかったようなことがいとも簡単にできるようになっていった私でした。退職する頃には、学校運営の中心になれる存在でしたから、本来ならば学校現場に残るべきだったのでしょうが、私はそれ以上に自分の正義感をごまかすことを嫌ったのです。今では収入も当時の半分以下に減ってしまい、経済的には家族に大変な苦労をかけていますが、不思議なことに自分の夢に向かって常に挑戦を続ける私を見ていて、妻も母も以前よりずっと笑顔が多くなりました。私は、絶対に自分をあきらめたりはしません。何歳になっても常に新しい自分を見つける努力は決してやめないつもりです。それが今の自分を支えてくれている妻や母への最大の恩返しだからです。

【男性の皆さんへ】
 これはシカゴ(Chicago)の「素直になれなくて」(Hard To Say I'm Sorry)という歌の一節です。「恋する者同士にもお互いに会えない休息が必要さ」という意味です。長年一緒に生活していると、ちょっとした奥さんの心遣いを昔のように有り難く感じることができずに、ついつい当たり前のことと思ってしがいがち。離れてみれば妻の有り難さが痛いほどよくわかるのでしょうが、女性は離れている期間が長すぎると、大変勇気のある決断をいとも簡単にしてのけます。そして、女性が一旦決心したら最後、あなたがいくら頑張っても、いくら謝っても、もう二度と元の鞘に収まることはできなくなってしまうのです。
 ですから、実際に奥さんと離れて生活する前に、もう一度普段の生活を振り返ってみることが大切です。そして、本来は感謝すべき事に対して、鈍感になっている自分がいないかどうか点検して見ましょう。きっと奥さんの細かな心遣いを労う言葉をかけ忘れているに違いありません。
 言葉というのは不思議な力を持っているもので、ほんのひと言「ありがとう」を言うだけで、相手の心に大きな幸せをもたらしてくれるものです。そういう人情の機微を忘れずにいれば、あなたはいつまでも奥さんから暖かい愛情を受けることができるに違いありません。
 離婚を考えている人がいたら、無駄かも知れませんがまずは別居してみることです。お互いに離れてみて初めてお互いの価値がわかるということもあるかも知れません。冷え切った愛にもう一度火をつけることは非常に困難なことでしょうけれどね。

【女性の皆さんへ】
 女性のあなたも、ご主人が疲れて仕事から帰ってきたときに、いきなり愚痴をこぼしたりしてはいませんか?もちろん、夫婦の間でお互いに愚痴を聞き合うのは大切なことです。でも、まず最初は「お疲れ様」「いつもご苦労様」という言葉があってしかるべきでしょう。男は言葉には表さなくても、常に奥さんのことを思いやっている場合もあるものです。「場合も」と言ったのは、そうではない不埒な男も多いからなのですが、女性達が思っているほど男は鈍感ではありません。ただ、前のコラムでも述べたように、日本の男性は感情を上手に表現するのが苦手なのです。ストレートが苦手。
 あなたが家事に疲れているとき、もしご主人がいたわりの優しい言葉をかけてくれなかったら、あなたの方からご主人に労いの言葉をかけてあげて下さい。人間というのは、もらった優しさを相手に返したくなるようにできているものです。きっとご主人もあなたを思いやる言葉を素直に口にしてくれることでしょう。
 仕事から帰ってくると不機嫌な顔をしているかも知れませんが、それはあなたに不満を持っているからでは決してありません。そして、あなたがいるからこそ、ご主人は仕事に励むことができるのです。最近の女性は簡単に男性を見限ってしまう人が多いかも知れませんが、立派な男に成長するのには思いの外時間がかかるもの。「大器晩成」という言葉を信じて、愛するご主人について行きましょう。

《エピソード》
 私は何年夫婦生活が続いても比較的温かい気持ちを維持できるタイプですが、それでも結婚当初ならきっと声をかけていた場面で、言葉を省いてしまっていることが多いような気がします。そういう細かい心配りが積もり積もって夫婦の固い絆になるのです。私も反省しなければなりません。
 私の妻も仕事をしていますから、帰ってくると「ああ、疲れた」とため息をつきます。「疲れているのはお前だけじゃないんだから、帰ってきていきなり疲れたはないだろうに」と思ったことも正直ありました。でも、本当に疲れている妻にどうして「ご苦労さん。あまり無理するなよ」と自然に声をかけてあげられないのでしょう。自分の気持ちに余裕があればきっとそうするはずなのに、自分も疲れていると妻の暖かさを先に期待してしまうのですね。それは絶対に良くありません。
 優しさは相手に求めるものではなく、自分から相手に注ぐもの。"Love is for giving, not for taking."(愛は与えるもので奪うものではない)という英語の諺もあります。愛情や優しさは相手に期待してはいけないのです。自分が優しさを注ぎ続ければ、それはやがては相手から自分に返ってくるものなのだという真実をみんなで忘れないようにしたいですね。「情けは人のためならず」ですよね。

【男性の皆さんへ】
 皆さんは朝仕事に出かけるときや、夜仕事から帰ってきたときに、奥さんを軽く抱きしめて頬にキスなどしていますか?「外国人じゃあるまいし、日本男児がそんな浮かれた真似できるか!」と怒られてしまうかも知れませんね。でも、人間関係にとってスキンシップというのは想像以上に大切なことです。円満な夫婦関係を築くためには夜の生活の充実が欠かせないなどと言う専門家もおりますが、何もセックスライフだけがスキンシップだとは限りません。
 女性は常に自分が愛されていることを確認したいと思っています。ですから、照れくさくてもあなたが奥さんの肩を抱いてあげて、「愛してるよ」と小声でささやくだけでも、女性にとってはどれほど大きな喜びになるか知れません。今更そんなラブラブな関係になどなれないとそっぽを向く方もいらっしゃるかも知れませんが、男なら恥ずかしいなどと言っていないで、奥さんを"hug"(抱きしめる)してあげて下さい。キスまでしなくていいかも知れませんが、それで錆び付いていた夫婦の愛情が蘇るのなら、こんなに嬉しいことはないではありませんか。
 
【女性の皆さんへ】
 外国映画などを見ると、旦那さんが気軽に奥さんを抱き寄せてキスしている場面を見ては、ため息をついていらっしゃる方も少なくないかも知れませんね。でも、日本人の男性は心底照れ屋なのです。それに小さい頃から女性の体に気軽に触れる習慣もありませんし、映画のような夫婦関係にあこがれたとしても、それを実行に移すのは至難の業。
 もし良かったら、奥さんの方から旦那さんの胸に飛び込んでみてはいかがですか?えっ?そんなこと恥ずかしくてできないって?そうかも知れませんね。突然そんなことをしたら、旦那さんがびっくりして心臓発作でも起こしてしまうかも知れません。それなら、朝一緒に散歩して手をつないでみてはいかがですか。
 若い頃、お互いの手が触れるだけで胸がときめいた時代があったでしょう?人間は何歳になってもそういうときめきを忘れてはいけないと思うのです。
 でも、そんな大袈裟なことをしなくても、例えば旦那さんの上着にほこりがついていたら、それを軽く手で払ってあげたりするだけでも、また髪の毛に何かついていたら、優しくとってあげるだけでも、それは大きなスキンシップになるのではないでしょうか。男というものはいつまでたっても甘えん坊です。妻に優しくされて嬉しくない男性はいないのではないでしょうか。

《エピソード》
 今回のコラムは日本の社会ではあまり現実的ではないかも知れませんが、私は毎朝仕事に出かける前には妻を抱き寄せて軽くキスをしています。帰宅したときも抱き寄せてあげます。夜は妻の寝顔を見ながら髪の毛をなでてあげることもよくありますよ。私はとても照れ屋ですが、外国人との付き合いが多いせいかそういうスキンシップは自然にできるようになってしまいました。街中でも堂々とできます。
 日本人の男性は世界的には最下位にランクされるほど男としての価値を下げてしまっています。それは女性の扱い方が下手であることと、買春ツアーなどに臆面もなく参加したりすることが原因しているのではないでしょうか。日本女性が逆に世界的にはトップにランクされているのも皮肉な話です。
 確かに最近の若者達を見ると、自分から仕事をリードしていくような積極さが少しずつ見られなくなってきた日本人男性です。優しさは消極的な姿勢とは全く違うものです。私たちは、もっと積極的に人生をリードできるような頼もしい存在になる必要があるのではないでしょうか。
 我が家では柴犬の雄を飼っていますが、今はもう1歳と8ヶ月が過ぎた彼も、やはりいつも私たちに体をなでてもらいたいようです。ですから、家族の人間は事あるごとにわざわざ龍馬をなでてあげて「お前はいい子だね」と優しく声をかけてあげています。おかげさまで、龍馬は驚くほど精神的に安定した優しい犬に成長しました。他の犬に吠えかかることもありませんし、お年寄りや子供達にはとても優しいのです。
 妙な話ではありますが、私は龍馬と同じ屋根の下で暮らすようになってから、スキンシップの大切さを改めて思い知らされたような気がしています。おっと、妻が仕事から帰ってきました。もちろん私は妻を抱き寄せて、「寒いのにご苦労さんだったね」と声をかけました。決して格好つけているわけではなく、心から妻をいたわりたい気持ちです。のろけではありませんが、私たち夫婦は大げんかをすることはまずありません。そしていつもお互いのことを常に第一に考える夫婦になれつつあります。

【男性の皆さんへ】
 私が教員をしていた頃も、普段は自分の意見も堂々と言えないような人間が、お酒が入ると虎に化けて議論をふっかけてくるという嫌な経験を何度もしました。私はそういう意気地のない連中が大嫌いで、いつの間にか学校の飲み会には参加しなくなっておりました。議論はしらふの時に堂々とやるべきです。
 お酒の力を借りないと何もできないような男は、最低だとは思いませんか?お酒は楽しく飲むべきで、お酒が入った勢いで身近な人間に喧嘩を売ったり、自分より明らかに力が劣る相手に暴力を振るったりするのは、人格が欠損している証拠です。
 暴力では決して人の心を動かすことはできないことは誰でも知っているはずなのに、なぜ世の中には自分の奥さんにひどい仕打ちをする亭主がこれほどまでに多いのでしょうか。仕事のストレスを背負っている苦しさは誰もが経験していることです。その憂さを、自分の妻に暴力を振るうことで晴らしているのだとしたら、それはマザコンの領域を脱していない証拠でもあると思うのです。自分が甘えられる存在だから、そういうひどい暴力を振るうことができるのでしょう?
 そういう男に限って、普段は大人しいサラリーマンを演じています。意気地がないから、お酒の力がないと自分の気持ちを堂々と主張することすらできないのです。そんな男は女性の方が早く見限ってしまえばいいのですが、ダメな男ほど放ってはおけないのが「母性本能」というもののようで、離婚を考えながらもずるずると一緒の生活を続ける女性が多いようですね。世の中の男性諸氏よ、そんな情けない人間でどうするのですか?もっと男である自分の責任をきちんと果たしなさい。

【女性の皆さんへ】
 夫婦関係のこじれは、どちらか一方だけに責任があるものではないとよく言われますが、ことDVに関しては、男性が悪いのです。それなのに、真面目な女性達は「自分がもっと違った接し方をしていれば彼もこんな風にはならなかったのではないか」と真剣に悩むようです。どうしてそんなに自分を傷つけるのでしょう。自分より明らかに力がない女性に、不必要な暴力を延々と続ける男など人間としてはクズ同然なのです。むしろ、自分の至らなさを情けなく思って悩まなければいけないのはご主人の方です。
 こういうケースに関しては、何とか関係を修復する工夫をした方がいいとだけは、私は絶対に言いません。まずは彼から離れて別居すること。そうでなければ、どちらかが殺人を犯すまでその異常な関係に終止符が打たれることはないからです。そして、そのような男性が自然に立ち直ることはまず期待できませんから、女性は速やかに離婚を考えるべきでしょう。喩え子供がいたとしても、そんな夫婦関係を身ながら育ったら、まともな人格の大人にはなれないでしょう。ご主人は離婚には同意しないかも知れませんが、こういう場合はすぐに第三者に相談して、それなりの弁護士の助けを借りて裁判を起こしてでも彼の元を去るべきです。それにもかかわらず、あなたが決心をぐずっていて、ご主人の暴力がエスカレートしたとしたら、それはあなた自身の責任です。決断の鈍い自分を反省すべきでしょう。
 英語では男性を"gentleman"と言いますね。つまり"gentle"(優しい)ことは男性であるための基本条件なのです。女性に優しくない人間は一人前の男とは呼べないというのが欧米の考え方。自分を責めるのはほどほどにして、彼のためにも早く別れてしまいましょう。

《エピソード》
 実は私の母も、茅ヶ崎に嫁いでから父の暴力にずいぶん苦しんだようでした。ですから、私が最初の結婚をしたときに母は私にひと言だけ言いました。「自分の女房に手を挙げたら承知しないからね」その言葉には母の精一杯の力強さがこもっていた気がします。
 あるとき、給料日の私は仕事が遅くなって深夜近くに帰宅しました。妻は、どうしてもっと早く帰って来られないのかと文句を言ったので、私は思わず言い返したのです。「給料日に仕事で帰りが遅くなった亭主に、ご苦労様のひと言も言わずにいきなり文句か!」とね。すると意外なことに、妻は私につかみかかって来たのです。普段から寂しい思いをさせていた私がいけなかったのかも知れません。私はそのときばかりは本気で怒りました。そして気がつくと思わず右手の拳を宙にあげておりました。私はすぐに自分を抑えてそばにあった冷蔵庫の扉にあげた拳をたたきつけたのでした。その後、拳の形にへこんだ扉を見る度に、自分の愚かさが恥ずかしくなったのを覚えています。

【男性の皆さんへ】
 恋愛結婚よりもお見合い結婚の方が離婚率が低いという統計結果があることを皆さんはご存知ですか?人間は恋愛中は相手のいいところしか見ていませんから、結婚してみて初めてお互いの受け入れがたい価値観に気づく場合が多いということでしょう。その反対にお見合い結婚の場合は、当然ある程度の食い違いを覚悟しての結婚なので、それが原因で結婚生活に幻滅するということが少ないためだと考えられます。
 ところで、あなたは例えば奥さんが今日のYシャツには青いネクタイがいいと主張したら、奥さんの意見を尊重してあげるように心がけていますか?喩えあなたが青より赤のネクタイが良かったとしても、ネクタイの色など大した問題ではありませんね。だとしたら、奥さんに一歩譲っても罰は当たらないでしょう。
 人間にとって一番大切なのは、「自分が誰か必要とされている」と感じることだそうです。難しい言葉を使えば「存在感」ということになりますね。
 みそ汁の味は各家庭にそれぞれの特徴があるものですが、結婚前までの「お袋の味」が新しく「女房の味」に変わったときに、あなたは奥さんに「お袋の味」を要求したりしていませんか?新しい人生を二人で歩むことに決めたなら、新しいみそ汁の味に自分を順応させるのも亭主としての義務だと思います。
 きっとあなたが一つ譲れば、奥さんもあなたに一つ譲ってくれるに違いありません。逆にお互いが自分の価値観あくまでもこだわる姿勢を崩さなければ、夫婦の仲はつまらないことから崩壊していくことでしょう。相手箸の上げ下げすら気になり出すのが、現実の結婚生活です。お互いの価値観や習慣を尊重す部分がなければ、結婚生活は忍耐の二文字に過ぎなくなってしまいます。

【女性の皆さんへ】
 血液型はあまり当てにならないかも知れませんが、得にB型の女性は自分の理想男性像を追究する傾向にあると言われています。結婚してみてあなたのご主人が自分の理想とは違っていたとしても、それはご主人の個性であって、慣れればそちらもまた味わい深いものになるものです。
 あなたはご主人を自分の着せ替え人形のように扱っていることはありませんか?何でも自分の趣味をご主人に押しつけるのは、特にご主人が几帳面で神経質な性格の場合には相当のストレスを相手に与えていることになるのです。自分の趣味に合わないセーターであっても、ご主人が気に入っているなら、「あなたの趣味もなかなかいいわね」と優しく言って譲ることもたまには必要です。そして、実際にご主人の趣味に自分を合わせてみることも決して無駄な努力ではないでしょう。
 「三つ子の魂百まで」と言われるように、子供の頃から身に付いた生活習慣はそうそう簡単に変えられるものではありません。ですから、自分が気になる習慣をご主人が持っていたとしても、それが決定的に大きな問題でない限りは、ある程度我慢することも必要だと思います。
 人間は自分のものの考え方がベストだと知らず知らずのうちに考えがちです。自分とは違う価値観が世の中には存在して、それぞれの価値観にそれぞれの意味があるのだと考えることが大切です。もちろん、あなたはご主人の奴隷ではありませんから、自分を殺して何から何までご主人に合わせる必要はないかも知れませんが、たまには相手の価値観に合わせてみてはどうでしょう。

《エピソード》
 離婚した前の妻は、私が食事中に「くちゃくちゃ音をたてる」と言って私に真剣な顔で注意したことがありました。私は食べながらものをしゃべるような習慣はありませんでしたが、彼女の言うとおりそういう悪習慣があったのかも知れません。でも、その言葉は大きなショックを私に与えました。まるで自分の今までの人生を全て否定されたような気持ちになったのです。私はそれ以来、妻の前では食事をするのに緊張するようになってしまいました。
 私がそれほど気にせずにいれば良かったことなのかも知れませんが、私はあまり自分の価値観を妻に押しつけようと思ったことはなかったつもりです。もちろん知らず知らずのうちに同じようなミスを犯していたかも知れませんが。当時我が家ではメスの柴犬を飼っていましたが、私が食事の残りをハナ(柴犬の名前)にあげようとする、「どうして私が一生懸命作った食事を、犬なんかにあげるの?」と言って女房は不機嫌な顔をしました。私にとって飼い犬は家族同然だったので、人間とか犬とか分けて考えたことはなかったのですが、犬を飼った経験のない前妻にとっては大問題だったのでしょう。
 私が自分勝手だったのかも知れませんが、私は次第に自分が改造されていってしまいそうな不安にかられたことがよくありました。そこまで自分の妻に譲らなければならないのかと疑問にも思いました。そんなことを考えていたから、私たちは破綻してしまったのかも知れません。

【男性の皆さんへ】
 「俺の気持ちはわかってくれているはずだ」と男は考えがちです。でも女性の心理は男性のそれとはだいぶ違うのです。例えば、妻の髪型が変わってかわいくなったなと思ったら、「その髪型なかなかかわいいよ」と直接言葉にして表現して欲しいのが女性。結婚したら毎朝出かけるときに「愛してるよ」なんて照れくさくてとても言えないし、「そんなこと言わなくたってわかっているはずだよ」なんてのんきに考えていると、いつの日か熟年離婚なんていう悲劇を招かないとも限りません。気持ちははっきり言葉にすることが女性である妻に対する精一杯の思いやりであることを心しておかなければなりません。
 あなたは毎日食事を作ってくれたり、家の掃除や洗濯をしてくれたりする奥さんに心からの感謝の気持ちを抱いていますか?もしそうだとしたら、「いつも悪いね」とか「いつもありがとう」という言葉をかけているでしょうか。「男は外でストレスの多い仕事をして大変なんだ」などと横柄な考えを持ってはいませんか?外で働くと言うことは、考えようによっては気分転換をするチャンスもあるということを意味しています。その一方で、家庭にこもって家事をこなすことは単調ですがかなりの重労働でもあり、更に気分転換のチャンスが非常に少ないのです。妻がいてくれて初めて自分が安心して仕事に専念できるのだという感謝の気持ちを持っていたら、ちょっとした機会に奥さんにその気持ちを伝えてあげたいですね。

【女性の皆さんへ】
 「どうしてわかってくれないのだろう」「なぜ気づいてくれないのだろう」と、いつも自分に対してご主人が何かをしてくれることを期待し、その通りにならないことでいらいらしてはいませんか?確かに主婦という仕事は男性が思っているほど楽なものではありません。しかし、いろいろなストレスに耐えながら働くご主人も疲労困憊の状態で帰宅することを忘れてはいけません。まず、自分に何かねぎらいの言葉をかけてくれること期待する前に、ご主人ねぎらいの言葉をかけてみましょう。「あなた、いつもお仕事ご苦労様」「いつも頑張ってくれてありがとうね」そんな言葉をかけられたら、俄然張り切ってしまうのが男なのです。そして、もっと妻をいたわってあげなければという気持ちにもなってしまいます。
 男というのは比較的単純な生物です。自分はいつも威張っていたい、あるいは妻に立てられていたいという願望がどこかにあるのでしょう。でも、そういう気持ちに少しでも理解を示してもらえると、とても優しい気持ちになります。今日は何かおいしいお菓子でもお土産に買って帰ろうかなとか、今日は花でもプレゼントしようかとか、安いけどピアスの一つでも買ってあげようかなとか、いろいろなことを考えます。優しい妻を喜ばせたいからですね。男性をそんなサービス精神旺盛な状態にさせるの、奥さんの優しいねぎらいの言葉なのです。どうぞ賢い妻になってください。

《エピソード》
 実は今年の10月18日は私の妻の誕生日でした。私はその前の日までしっかりと意識していたのですが、誕生日の当日は仕事がぎっしり詰まっていて、夜の10時に帰宅する頃には妻の誕生日のことはすっかり忘れていたのです。妻は夜中の12時少し前まで、そのことには一切触れませんでしたが、11時58分くらいになって私にぼそっと言いました。「今日、何の日か忘れちゃったでしょう?」私はすぐに思い出して本当に申し訳ないことをしたと思ったのですが、妻は少しだけ寂しい表情でした。本当はとてもがっかりしていたのに、私にプレッシャーをかけないように、わざと表面上を取り繕っていたのがよくわかりました。妻はそういうことで私を決して責めません。
 そうなると、私はどこかで埋め合わせをしなければ罰が当たるという気持ちにさせられてしまうわけです。でも正直のところあまり財布は暖かい状態ではありませんでしたから、少し収入があったところで、すぐに二人がよく立ち寄る宝石店に出かけて妻が大好きなマーカサイトのピアスを2セット買い込んで、家に隠しておいて、私が仕事から戻ってから妻に手渡しました。「これさ、そこに落ちてたよ」なんてちょっと格好つけちゃいましてね。箱を開けた妻のこの上なく嬉しそうな顔は今でも忘れません。決して高価ではなかったピアスですが、マーカサイトはとてもゴージャスに見えます。妻はさっそく両方をかわりばんこにつけて私に見せてくれました。
 もし、妻の誕生日の日、妻が私を強く責めるような言葉を発していたら、私はかえって意固地になってそんな恩返しはしなかったかも知れません。お互いに思い合っていることがわかると、お互いに優しい気持ちになれるものです。若い頃の私にはその辺がよくわかっていなかったのですが。

いい夫婦(恋人同士)になるための知恵袋

 今度ね「いい夫婦になるためのページ」っていうのを起ち上げるんだと妻に言いましたら、「あのね…」とにたにたして妻が何か言いかけたので、「皆まで言うな」と彼女の発言を遮った私。その後で、優しい声で妻が私にささやきました。「石山先生って、言ってることとやってることが違うジャンって、言われないようにしなくちゃね」ですって。はいはい、そのように努力いたしましょう。

 というわけで、弱冠47歳の私がこのような大それたページを作っていいのだろうかと多少は疑問に思いましたが、一度結婚に失敗した経験があることと、多くの女性から相談を持ちかけられやすかった我が人生の全ての知恵をかけて、一生懸命有意義なページ作りに励む決心をしました。掲示板も設けましたので、自由なご意見をお寄せ下さい。

 ちなみに、事情から母一人、父一人になられた方もいらっしゃいます。そこで、当初のタイトルを変更して、「いい夫婦(恋人・親子)になるために」とさせていただきました。どういうページになるか皆目見当がつきませんが、皆さんのお力を借りて内容を充実させていきたいと思います。

Opend on Friday, November 11, 2005
 
Renewed on Tuesday, December 20, 2005

たかがプレゼント、されどプレゼント
お互いに相手の立場に立って考えよう
価値観は違って当たり前、相手に譲る気持ちも大切
絶対に許されないDV(Domestic Violence)
何歳になっても大切にしたいスキンシップ
Even lovers need a holiday, far away from each other.
お互いの良さを信じて引き出し会える関係に
男のプライドと女の強がり
どちらかが一方的に聞き役になるのではなく
ジェンダーフリーの時代にあって
何気ないひと言が大きな喜びになることもある
子供には精一杯の後ろ姿を見せましょう
「熟年離婚」という名の忍耐力不足
難しい嫁と姑の関係
Even Lovers Need A Holiday